天台宗中台寺樹木葬墓




住職のあいさつて伊勢崎市の樹木葬墓
住職:須藤晃俊 この度は天台宗中台寺のホームページを訪問してくださり、誠にありがとうございます。
 中台寺では現在7種類の樹木葬墓を販売しています。
 数年前、頼まれてある家に法要に伺いました。
 年忌法要でしたが、その家にはまだお爺さんの遺骨が置いてありました。
 当初私は、お金がなくてお墓を建てられないのかと思いました。しかし、そうではありませんでした。
 このお宅には娘さんが二人いましたが、今はお嫁に行って、姓が変わっています。お婆さんがいうには、お墓を建てても自分が死ねば、お墓を守ってくれる人がいない。だから、お墓を作ってもしょうがない。これが家に遺骨が置いてある理由でした。
 そこで、私はお婆さんに、うちの寺で皆さんが入れるお墓を作りますから待っていて下さいと伝えました。
 ネットで検索すると、すでに樹木葬墓や永代供養墓は沢山販売されています。これら多くの樹木葬墓と異なる中台寺の樹木葬墓の特徴は、以下のとおりです。
1. 中台寺の樹木葬墓では、遺骨が将来合祀されることはありません。他の霊園や寺院の樹木葬墓は、賃貸式のお墓で、お墓に埋葬する期間を定め、その期間に応じて代金を支払います。そして、その契約期間が過ぎると遺骨は合祀埋葬されます。しかし、中台寺では、遺骨が将来合祀されることはないので安心です。
2. 中台寺の樹木葬墓の墓地代は墓地を購入するお金です。家を一軒買うのと似ていて、アパートを借りるような他所の樹木葬墓の料金とは異なります。墓地を購入すれば、その後何人埋葬しても代金が加算されることはありません。
3. 樹木葬墓の墓地代と永代供養料は、他所に比べて割安に設定しました。
4. 通常の樹木葬墓では、埋葬立会料が5万円程度、墓石刻字代が3万円程度ですが、中台寺では石材店の協力を得て、埋葬立会料1万円〜、墓石刻字料を1万円〜としました。
 
 中台寺はJR伊勢崎駅南口から徒歩で約4分。駐車スペースは30台。皆さんに喜んでいただけるようなお墓を整えました。見学、相談はお気軽に。


 中台寺は寛元2年(1244)に開かれました。場所は今の地ではなく、昭和町の天増寺の近くの田の中といわれています。それが慶長6年(1601)に今の地に移りました。中台寺にあった大日堂は天長年中(824-834)に建てられたといわれていますが、昭和年代の大日堂は、宝暦6年(1756)に建てられたものです。
 鐘撞堂は、享保12年(1727)8月に、時の領主酒井信濃守忠告によって建てられたものです。江戸時代を通じて町民にとっては、時刻を知る大切な鐘撞堂でした。お堂の管理を命じられた中台寺には、毎月、銭500文の他、夏は単衣代500文、冬は布子(綿入)代として700文と麦5俵が支給されました。鐘撞堂の鐘は大正4年、大正天皇の即位記念として北小学校前の鐘楼に移されました。(詳細は、創説『旧時報鐘楼物語』参照
 中台寺は伊勢崎陣屋の鬼門よけの寺といわれ、正徳年中(1711-1716)、前橋天川より勧請した午頭天王をまつり、本町、新町、西町の三町(当時はこのくらいの町だった)で行う祇園祭は中台寺によって、とり行われました。
 中台寺の縁日は二十三夜様といって、これは毎月23日の夜の祭りで、同心町通りにまで露店が出るほどの賑やかさであったそうです。慶応から明治にかけての画家、飯島石舟の描いたとされる伊勢崎八景の一つに「中台寺晩鐘」があります。 昭和20年8月の空襲で庫裏も鐘楼門もすべて焼失しました。
 中台寺には、「狸伝説」があります。


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住所 〒372-0048 群馬県伊勢崎市大手町 5-24




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 ● 天台宗総本山 比叡山延暦寺 https://www.hieizan.or.jp

 ● 天台宗 一隅を照らす運動 https://ichigu.net

 ● 中台寺住職 須藤晃俊のホームページ
  https://koshun129.sakura.ne.jp/


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